お侍様 小劇場 extra

    “なんてことない話” 〜寵猫抄より
 


月刊誌への原稿を何とか上げて、仮眠を取って。
それほど厳しい追い込みでもなかったが、
それでも3誌同時期の締め切りというのはそろそろ胃に来るなと。
無意識のうち、腹をさすりながら部屋を出る。
仮眠中だということをようよう心得てか、
家人らは殊更静かにすごしてくれているらしく。
はしゃぎ盛りの坊やをどうやっていなしているものなやら、
テレビの音も聞こえぬ静かさを、ともすれば
“買い物にでも出ているのかな?”
そうと感じてしまったくらい。

 ………と。

書斎近くの寝室から、
普段使いの居間やらキッチンやらが集まっている辺りまで出て来ると、
さすがに人声が聞こえてきて、

 「…だからね? いいね?」
 「みゅう…。」

どこまで通じているものなやら、
家人の七郎次は、小さな仔猫へ殊更丁寧に話し掛けるのを常としており。
そして、こちらもどこまで通じているものか、
七郎次の腰までもない背丈の存在が、
寄り添うほどものお隣りに並んでおり。
柔らかな丸みを帯びた頬の線がいかにも稚
(いとけな)く。
ふんわりとした綿あめのような金の髪を軽やかに揺らして、
もっともらしくうんうんと頷くおちびさんの小さな背中が、
何とも言えず愛らしい。
自分が不在の間は、こんな温みの中で時をすごしている彼らなのかと、
疎外感を受けるより、ついつい見ほれてしまってのこと、
そのやさしい空気を壊したくはなくて、
しばしその雰囲気を眺めておれば。

 「…みゃ?」

さすがは野性の感応が働いたか、
小さな仔猫さんの方がこちらの気配に気づいたらしく。
くるりと何とも無造作に首を回すと、
お顔をこちらへと向けてきて、

 「にぁんvv」

甘い甘い鳴き方が、
『やっと起きたvv 待ちかねたぞ?』
そうと言ってるように聞こえる不思議。

 「あ…勘兵衛様。」

遅ればせながらそちらも振り向いてきた七郎次の傍らから、

  とたとたとた、と

相変わらずの覚束なさ。
まるで爪先立ってでもいるかのような、
今にもコロンと転げてしまいそうな足取りで、
気が急いてのことか、
ふくふくしたお手々をこちらへはやばや伸ばしての、
“はーくはーく抱っこして”と言わんばかりに、
ぽてぽて寄って来るのが得も言われずに愛おしい。
これが七郎次であれば、
辿り着くのを待ちきれず、こちらからも歩み出しているところ。

 “まま、そうなる気持ちも判らんではないが。”

美味しいものは最後に取って置く派の一人っ子だ、何が悪いかと、
向こうがきっちり辿り着くまでを、
腰を落としての屈み込んで待ち受けて。

 「にぁあんvv」
 「よ〜し、到着だ。」

抱えようと捕まえた、まだまだ幼い肉つきは、
服越しでも指の腹がすぐにも骨へと当たるほどに柔らかで。
掻い込んだ懐ろ、こちらの胸板へ、
そちらも柔らかな頬を、グリグリグリと揉み込んでくるのがまた可愛い。
羽のように軽いのは本体がもっと小さな仔猫だからで、
そんな久蔵を抱えたまま、
彼が立ってた流し台の傍らまで歩みを進めれば、

 「夕食の支度か?」
 「ええ。」

もはや彼が作ったものでなければ、同じ献立でも他では食べられないほどに、
この自分の好みに合わせたあれこれ、完璧にこなせる女房殿が、
野菜を幾つか流しのボウルに浮かべ、
肉や魚のパックは傍らの水切り台へと広げ、
下ごしらえへの準備万端という構えでおいで。
ただ、同じ流し台の随分と片隅に追いやられてあったものが、
そんな扱いだったからこそ、勘兵衛の目について。

 「…アレはもしかすると、玉葱か?」

久蔵ほどの年端もいかぬ子供や、
はたまた限度を知らぬレベルの物知らずのような訊きように聞こえたか。
すぐ隣りに並ぶ格好になった七郎次が、
一瞬きょとんとしてから、
ああと納得しつつも…ついのそれだろ、それは綺麗な苦笑を零した。
こちらを笑ってしまったのじゃあないらしく、

 「隠しておくつもりはなかったのですが、ついうっかりしていたもので。」

あんなにしてしまったのは、まったくもって自分の失態と。
そういう意味合いからの笑いよう。
というのが、その玉葱、
大きなヒヤシンスか何かの球根のように、
それは見事な緑の芽が出て伸びており、
しかも既に結構な長さに育ってもいる。

 「根野菜用のストッカーの中から久蔵が発掘してくれましてね。」

丁度自分の目の高さにお顔が来ていて、
勘兵衛が着ているシャツへと、小さな片手をきゅうとやわく握りこませ、
何とか掴まリつつこっちを覗き込んでいる坊やを、
愛しげな甘い眼差しで見つめてやって、

 「久蔵には食べさせちゃあいけない玉葱ですからね。
  悪戯でも齧りついちゃいけないよと、教えていたところだったんですよ。」

オムライスもチャーハンも、グラタンもシチューもパエリアも、
久蔵の分へは玉葱は御法度。
もしかしてそんなせいでの放置が過ぎて、
それで芽が出てしまったのかも知れなかったが、

 「でもですね、勘兵衛様。
  同じ時期に買った別のは全くの全然、芽なんて出てないんですよ。」

料理の腕前は長けてきていても、
判らないことがあればすぐに勘兵衛へと訊く癖は、
子供の頃から一向に治らぬままな、金髪の美丈夫さん。
何ででしょうねぇと、
湖のように涼やかな蒼い双眸瞬かせつつ訊かれて…しかも、
間近な懐から、もっと無垢な眼差しに見上げられ。

 「う〜〜〜ん、それはだな。」

専門外な“はてな”へと、
人生への命題にでも当たったかのように、
眉間に深々としわを寄せてしまった、
若者読者へ人気絶頂な 作家先生だったりするのであった。




  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.05.27.


 *とうとうこっちにも進出の玉葱ネタですいません。(苦笑)
  いえね、ウチの野菜ストッカーで実際に起きてた現象でして。
  もっと厳密に言えば、後から買ったほうの玉葱が、
  そりゃあ逞しい芽をぐんぐんと伸ばしていたんでビックリしたんですよ。
  新玉葱以外は収穫されるとよ〜く乾燥させると聞いていますので、
  その“乾燥”が足りてない玉葱ちゃんだったのかもしれません。

めるふぉvv 因縁の…

ご感想はこちらvv  

戻る